月夜見

     頼もしい兄貴分 〜大川の向こう

     *やたら幅の広い川の中洲の小さな里に暮らす、
      ちびルフィとちょっとお兄ちゃんなゾロのお話です。
      実の兄弟ではありませんが、実の兄より懐いている坊やと、
      それが満更でない、ちょっと口下手な剣道小僧という二人です。

 
この冬は歴史的な低温豪雪の冬だそうで。
積雪だけなら毎年のように
“何十年に一度という”なんて言い方で途轍もないと騒がれているもんだから、
どっかの初しぼりワインへの評価じゃあるまいしなんて、
またかとついつい麻痺したように捉えてしまうのは、
あんまり大雪に縁がない地域の人間の言いようで。
(たとえば もーりんとか…)
今年のそれは毎年降ってる地域の人でも何だこれと驚いてる降りようだそうだし、
さほど縁のない地域でも積もるほど降っていて。
いちいち対処が判らず、
凍った道路や水道管の破裂などなどに振り回されてもいる困った按配。
大川の中洲の小さな里にては、
積もって閉じ込められるほどという降り方はしなかったけれど、
ブロック塀の上とか車のルーフなんぞに積もったのをかき集め、
小さな雪だるまが作れたほどには降ったので。
雪が降るのを毎年首を長くして待つガキ大将にも満足はいったらしく。

 『今年のオレは一味違うんだ。』

雪なんかにはしゃぐほど幼稚なネンネじゃあないんだぜなんて、
(木枯らしぴゅうぴゅう、参照)
戦隊もののヒーローがプリントされたパジャマ姿で決めポーズ取られてもなぁと。
さすがに川が凍るほどじゃあないので父上の仕事も休みじゃあなく、
年の離れた兄上ともども、
ああ判った判ったとつれない返事だけ残して出社してった父上だったものの。

 『いやもう、もう、何なのあの子。
  まじ天使、いやさ、まじ天下無双のアイドル決定。』

どうしてくれようかとデスクをバンバン叩いて悶えて見せて、
副社長のベックマンさんに、
今日は仕事にならんな、まあいっか、
中間輸送のトラック部隊があちこちで立ち往生してるっていうしと、
とっとと今日の予定を立て直させた困った社長と、

 『どうせあの剣道小僧に何か上手に絆されたんだろうなぁ。』

家族だからとべったり一緒に居られるわけじゃあなし、
友達や学校の先生の方が共にいる時間が長くなるのはしょうがない。
そういう“理屈”は判るけど、ちょっとばかり寂しいもんだなぁと。
苦笑交じりに同じ部署の若いのへついついこぼしておいでの、実は弟大好きお兄さんだったりし。
そして、

「わあ、なんかピンク一杯だ。」

大川の向こうの商店街まで、マキノさんとお買い物に出た小さな坊やはといや、
米や野菜や肉魚などは馴染みの店が大量に小配達してくれるので、
それを注文してさてと、果物やパンなどその日のうちに食べちゃう嗜好品を選ぶ段となり、
お菓子のコーナーへ来たところ、
そういやそろそろそういう催しねぇというチョコ菓子のみならず、
スナック菓子の袋まで花柄プリントの季節限定ものが増えているような。

「ああ、これって受験生応援商品なのよ。」

棚の整理をしていた、パートなのだろ奥様が、
やんちゃなルフィのこともようよう覚えておいでか、連れのマキノさんへとそう説明し、

「このごろは、
 バレンタイン用の商品よりそういうものの方が幅を利かせてるみたいで。」

パッケージに桜の花がプリントされていたり、
縁起物のだるまや招き猫が大きく刷られていたり。
商品名も合格とか受かるとかいう文言をもじったものに変えられており。
これ食べて試験もリラックスして受けてねという縁起担ぎものが、
この時期はどどんと増えているのだとか。
そういうのの走り、ウェハスをチョコでコーティングした
歯ごたえサックサクのチョコ菓子を手に、

「オレ、今日はこれvv」

このところの気に入りらしいの、マキノへねだるように見せ、
はいはい判りましたと笑顔で諾としてやれば。
やったぁとはしゃいでレジへと駆けてく。

「元気ねぇルフィちゃん。」

里にとどまらず、川を越えたところでも可愛がられている坊やだが、

「でも元気が過ぎての怪我とかしない?」

中洲は坂も多いから、駆け回ったその弾みで転んだりしてないかと、
元気ならこその案じをして下さったが、

「ええ、結構転ぶ子ですけど。」

でもまあ、ちょっとやそっとじゃあ泣くこともないし、
それにと思い出したのが、先日の微妙なアクシデント。
まさかにどこででも吐露して良い話じゃあないからと
それじゃあなんて誤魔化したものの、

 “こればっかりは社長やエースくんにも話せないことだしねぇ。”

やっぱり今日みたいに大町まで買い物に出たその帰り、
結構気温が低かった日で、
それでもお元気に里の船着場からなだらかに続く坂道を駆けていたルフィくん。
帰るまで待てなくてと、チョコ菓子を咥えて駆けてたところ、

 『わっ。』

引き直されたばかりらしかった、道路の上の白線の上、
溜まってた水が凍ったか、踏み損ねてのつるんとすべって、
そのままステンと転んだガキ大将。
土の上ならまだ痛くはなかろに、冷たいアスファルトの上だったし、
間が悪くもお菓子が口に入ってて、舌こそ噛まなんだが頬の内側をがりんとやったらしく。

 『………ひっっ。』

しまったしまったと照れ笑いして自分で立つでなし、
厭な沈黙の後、小さくしゃくりあげた坊やへ、駆け寄ったマキノもありゃりゃと困った顔になる。
まずは何が起きたか判らず驚いただろうし、
これで自尊心が芽生えだしてる年頃なので、恥ずかしかったというのもあろう。
それに、強かに打った尻も痛かろうがそれ以上に口の中も痛むようで、
チョコ菓子が入ったままの口許が歪み出したの、とりあえずはハンカチで押さえてやったが、

 『ふえ……。』

大きな双眸には今にも零れ落ちそうな涙が膜を張る。
相当に痛かったのだろうから泣いていいのに、
それでも泣いて良いのか、いやいや我慢かと、
ちょっと逡巡し ているようなのが却って痛々しいなと思っておれば。

 『ルフィ?』

聞き覚えのありすぎる声がして、
肩掛け鞄に提げた金具をちゃりちゃりと鳴らしつつ、
次の便の艀で帰って来たらしい、いがぐり頭の道場のお兄ちゃんが、
ジャンパーにマフラーぐるぐる巻きというここいらの男の子には定番な格好で
坂道だのに早足で近づいてきた。
顔見知りの坊やが冷たい道へ座り込んでりゃあ、何かあったと思うのは当然だろうが、
吹き出しもしなきゃあ大声でどうしたと聞くでなし、
まずは傍へと白い息を吐きつつ駆けて来てくれて。
6年生といってもそこはまだ小学生で、マキノより背も低い坊やが、
彼女へ目礼を寄越してからルフィの傍へ屈みこむと、どしたと小さく声を掛ける。すると、

 『…ぞろぉ。』

辛抱も限界だったか、ぐしゅんと湿った声を出し、
小さな手でお兄ちゃんのズボンに掴まり、そのままよじ登るよにジャンパーに掴まりと、
必死でしがみついたの受け止めてやり。

 『ビックリしたな。口の中も痛いのか?声出せてねぇぞ?』

よしよしと背中を撫ぜれば、腕白坊や、お顔を伏せてうぐうぐと泣き出す。

 『そか、いきなり空飛んだみたいになったか。
  …うんうん、尻痛いし口も痛いか。がりっていったか怖かったな。』

えぐえぐ泣きつつ、そばに添うてやっと聞こえるような声で
痛いの吃驚したのと訴えているらしく。
口の中のぺってするか?頑張って飲み込むか?水筒あるから飲めと、
鞄から小ぶりの水稲を取り出して渡し、んぐんぐ飲むのを見守って。
沁みたか痛い〜〜とお顔が歪むのも叱らずよしよし撫でて宥めて。

 “少しは叱るかと思ったけど、終始ただただ宥めてたのよね。”

口の中にもの入れて走るから、とか、凍ってるとこあるって言われてたろとか、
通り一遍のお叱りはなしのまま。
だって恥ずかしかったろうなって、お顔を伏せて泣いたところから そこも判ってたようで。
なんてまあまあ良くできたお兄ちゃんなやら。

 『歩けるか? 尻痛いならおんぶするぞ?』

覗きこまれてちょっぴり上目遣いになったものの、ぶんぶんとかぶりを振ると、

 『だいじょーぶだ。』

頑張って意地張ったのへ、“そっか”と頷き、
にひゃっと笑ったのがまた、何とも男前で。

 “ああでも、あれでまた、
  社長やエースくんに大きく水開けたようよね、ゾロくんたら。”

どんどんと親離れと兄離れしてゆく坊やだが、
何のことはない、他所のお兄ちゃんに物凄く懐いているだけのよで。
これって自立と数えていいのかなぁというのが、目下のマキノさんのお悩みだったそうな。






  〜Fine〜  18.02.10..


 *スパダリ、ならぬ、スパ兄のゾロくん再びです。
  これってただ甘やかしてるだけかもしれないなと思ったのですが、
  叱るのはあとあと親御がすりゃあいいことでしょうと、
  小さいお兄ちゃんはケアとして宥めることへ徹したらしいです。

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